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messages from all enlightenment masters

no water no moon / 無水無月

no water no moon / 無水無月
 
 
 
『Until You Die / あなたが死ぬまでは』を読み終えた後、
どうしてもこの『no water no moon / 無水無月』を読みたくなりました。
 
この講話のシリーズの最初のお話は、
日本の鎌倉の尼僧の千代能に起こった、
ある満月の夜のアクシデントで
千代能が突然光明を得たものでした。
 
 
千代能はこの詩を詠んだ…
 
あれこれと、どうにか桶をとめてきた。
もろい竹が切れないように。
突然、底がぬけた。
水たまらねば月もやどらず…
わたしの手は空っぽ。
 
(とにかくにたくみし桶の底ぬけて、
水たまらねば、月もやどらず)
 
 
She wrote this verse:
 
This way and that way I tried to keep the pail together, 
hoping the weak bamboo would never break.  
Suddenly the bottom fell out.
No more water; No more moon in the water -
emptiness in my hand.
 
 
oshoはこの千代能の詩から、
千代能が光明を得たことについて、
とても丁寧に詳しくわかりやすくお話しています。
 
 
oshoは光明を得ることは『突然』起こる、
と話しています。
 
それは段階をふんではやっては来ないと。
 
それはまるで、
それにジャンプするか、
ジャンプしないか、
のどちらかのようだと。
 
 
千代能の場合は古い水桶が突然壊れたことで、光明が起こりました。
 
詳しくはoshoの講話を聞くか読んでみてください。
それはそれは…言葉にならないようなすばらしいお話です。
 
 
わたしの場合は、前回も書きましたが、
ある冬の晴れた昼間、
窓辺で日向ぼっこをしてぼーと心地よくくつろいでいる時に
突然「それ」は起こりました。
 
 
日向ぼっこでも「それ」は起こったのだから、
そうであるのは確かなのだが、
日向ぼっこで…σ(^_^;)
 
 
などと思っていると、
oshoのアティーシャの知恵の書の講話の中で、
 
『「それ」は日向ぼっこでも起こる』
 
とoshoは話していましたσ(^_^;)
 
 
日向ぼっこでも起こるのは自身の体験からもoshoの講話からも確かです…。
 
 
『光明の起こり方は、1人1人さまざまであり違う。』
 
 
とoshoは話していますから、
きっとそうなのでしょうね。
 
 
前回も書きましたが、
わたしは、『源泉』とか『光明』とか『全ては一つ』とか…
そんな知識が全くないまま、
 
ただ好きな瞑想をしていただけで、
 
『源泉』の中にひょっこりと入ってしまい、
『全ては一つ』の宇宙の大洪水がやってきたりしまして…
 
自身に起こった体験がなんなのか…全くわかりませんでした。
 
 
その体験後に、
oshoの講話の本が引き寄せられるようにやってきてそれらを読み、
自身に起こった体験とピッタリ同じことが書いてあったので、
お〜(言葉にならない)と思いながら、
次つぎと直感に従って導かれるままに読んでいます。
 
 
 
今日は満月です。
 
そんな今日、満月の夜に突然起こった
あるアクシデントによって
光明 enlightenment の体験をした
千代能のお話のoshoの講話の本をご紹介します。
 
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この講話の英語のpdfはこちらからダウンロードして読めます。
 
no water no moon
 
Talks on Zen,
 
Talks given from 11/08/74 am to 20/08/74 am, English Discourse series,
10 Chapters
 
 
 
 
sammasatiサマサティ
(right remembrance)
正しく想起する。
 
 
『The last word of Buddha was, sammasati. 
Remember that you are a buddha – sammasati.』
 
 
瞑想と愛 meditation & love
 
 
 
beloved osho
prem mashal
 
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